論壇

医師国家試験対策 −低迷する合格率、これからの課題− (2014年4月)

岩手医科大学病理診断学講座 菅井 有

 医師国家試験対策-低迷する合格率、これからの課題-、というタイトルで執筆依頼をいただきました。この課題に対する正解があるのか分かりませんが、現在私が考えていることを正直に書いてみたいと思います。
 本学の学生は何故国家試験の合格率が低いのでしょうか?それに対する回答はいろいろあるのかも知れませんが、私の考えは、基礎医学、特に解剖学、生理学、生化学の十分な理解が不十分なまま、高学年に進むからではないかと言うものです。もちろん本学の基礎医学講座の先生が熱心に教育に取り組んでいることに間違いはないと思いますが、その効果が確実に上がっていないということも一面の事実と思います。基礎医学で学んだことをいかに臨床医学に応用するかという視点が学生に十分に理解されていないのかも知れません。この点は臨床側にも責任がありますが、臨床医学の習得に必要な基礎的知識が不十分であると感じる臨床側の教員は私のみではないと思います。例えば、BSLで病理診断科に回ってくる学生に"低酸素血症の機序を肺生理の観点から述べてみなさい"という質問をしてもそれに的確に答える学生はほとんどいません。炭水化物、蛋白質、脂質の代謝は互いに関連していますが、それらの関連性を述べられる学生も少数です。したがって糖尿病の際の代謝異常についても病態に即した解答をすることができません。個々の知識の暗記に頼っており、病態生理の観点から疾患に起きている異常を的確に理解していないからではないでしょうか。視野狭窄を起こし、俯瞰的に病態を捉えられていない学生がほとんどです。
 大学で教える内容は、各大学が自主的に決めるべきで、国家試験のみが基準になるのではないと思います。教育へのポリシー(理念)こそが、大学のidentityの中でも重要な位置を占めます。しかしながら、国家試験の合格率が大学を評価する基準の1つに用いられていることも事実です。大学として低迷する国家試験合格率を放置できないのもよく分かります。合格率を向上させるために具体的な方策はあるのでしょうか?これにも種々の回答・考え方があると思いますが、私の考えは、以下のものです。まずは講義については中長期と短期の課題を分けて、前者については学生サイドに立ったカリキュラムに変更をして対応すべきと思います。一方後者については予備校を活用して、例えば6学年を国家試験対策学年として予備校との連携をこれまで以上に強めることが良いと思います。1-5学年までの教育方針と6学年のそれとを分けてカリキュラムを作成することが効果的と思います。
 具体的な方策ですが、基礎医学の講義について、基礎的知識と発展的知識を分けてカリキュラムを再編することが効果的と考えます。前者については繰り返し確認をさせ、学生の理解の増進を図ることが良いように思います。前者の理解が標準以下の学生の留年については躊躇せず、基礎的な知識の理解が重要であることを学生に周知させることが重要です。この際に重要なことは、前者・後者の関係を明確にさせることです。通常学習の理解は前者の理解が後者の理解の前提になることにより増進します。例えば、病理学の理解は、解剖学や生化学の理解が前提になります。両者を同時期に行うのであれば、学生は混乱するばかりです。私は医学の始まりは、解剖学ではないかと思っています。まずは、解剖、次に生理、生化学、次に微生物、薬理、次に病理、次に法医、公衆衛生という順番で講義を順序立てることにより、学生の理解は的確になると思います(屋根瓦のように前後が多少重なっていても良いと思います)。最近ではいわゆる"行間の読めない"学生が増えてきていると言います。しかし我々の時代から講義の"行間を読む"のは大変であったと思います。学生にこのようなことを期待せず、1つ1つ丁寧に知識を積み上げていく講義方針が効果的な学習理解にとって重要と思います。一方後者の重要性も忘れてはなりません。本学は国家の高等教育を担う"大学"であり、国家試験予備校ではないのです。自主的により高い位置を目指す学生を積極的に応援して、学生の評価にも加点をもって対応すべきと思います。上記のことは臨床医学も同様で、基礎 (basic)と発展 (advance)に分けて講義をし、何がminimum requirementであるかを学生に提示すべきです。膨大な臨床情報に初めて接する学生にとって、何が重要であるのかを理解することは容易ではありません。学生サイドに立った講義が必要で、各講座がその観点に基づいて講義内容の総点検を行った方が良いと思います。
 学生にもお願いがあります。"教わる"と"学ぶ"の違いを理解して欲しいのです。前者は主に講義が中心になりますから、講義に出席して教師の話しを真摯に聞くことになります。どちらかと言えば、受け身になることが多いかも知れません(講義を聞いていれば良い、という意味ではありません)。一方後者は学生が自主的に行う知的作業で、学生の自主的、積極的参加が要求されます。医学部の場合、各種の実習がその場を提供します。実習は学生自らが学ぶ場ですから、受け身の姿勢ではなく、自立的、自主的な参加が必要です。実習では、教師が主役ではなく、学生が主役になります。実習の場では種々の知識や技能の習得に自らが責任感を持って臨んで欲しい、と念願しています。
 本学の学生に接していると、本学には共通する学生気質があることに気付きます。それは、"向上心"、"好奇心"、"競争心"(3つの"K")の低下もしくは欠落です。本学の学生(卒業生も)皆やさしく、おとなしく、人を押しのけるようなことはせず、自己主張もあまりしません。協調性も十分で、人間として大変良い資質を備えていることが分かります。故に本学の卒業生は、地域で地道に医療を行い地域の信頼を得ていると思います。では私があげた3つの"K"は、これらの本学の良き気質に矛盾するものなのでしょうか?私はそうは思いません。本学の良き気質を維持しながら、"向上心"、"好奇心"、"競争心"を育てることは可能なはずです。基礎知識の習得を徹底することによって国家試験への基礎的体力をつけさせ、一方で発展型学習において、3つの"K"の涵養を図る、一挙両得の教育方針の構築を是非とも実現していただきたいと念願しています。
 本学の卒業生の中で、医学会において中心的役割を担っている者は少数です。建学以来117年の伝統を有する医科大学としては寂しい現状があります。前述の3つの"K"の涵養こそが、本学の未来に重要であると信じています。
 日ごろ私が考えていることを思うにまかせて書き連ねました。本学の末端で現場を担当している本学卒業生の空言と思い、御寛容下さるのであれば幸いです。


病理診断の特定領域の専門医、専門性とは? (2008年12月)

 病理医は臨床と異なり、特定の臓器の診療に専任している訳ではない。提出される検体のすべてを診断することが通常である。しかし、病理医も万能ではない。進歩の著しい各診療科の専門性に対応して診断することは至難の技である。実際病理医の診断にも得手、不得手がある。本邦の病理診断は対応する臨床診療科と連携して進歩してきた経緯があり、特定の臓器に特化している病理医も多くいる。実際の診療では、ある程度の精度の違いは許容されているが、全科に精密な専門性を持って対応することが困難であることに変わりはない。従って病理医も特定の専門領域を持つことは必然である。それでは、病理診断医の専門性とはどのようなものであろうか?
 まずその前に、病理専門医制度の意味を考えてみたい。病理学会では病理専門医制度を持っており、これにより病理専門医の資格を認定している。これは各臨床の学会と同様である。病理医の中には、この病理専門医の試験に合格すると、翌日から何でも診断できるものと勘違いをしているものがいるが、これは大きな間違いである。病理専門医は、病理診断医としてのスタートラインに着いたことの証明に過ぎない。病理診断医を目指すものは、ここから更なる研鑽が必要である。病理専門医合格が病理専門医としての錦の美旗になっていることは残念である。病理専門医になってからの研鑽にはいろいろな方法?過程があると思われるが、特定の臓器の診断に精通していくことが最もポピュラーであろう(1つとは限らない)。従って“病理専門医+特定の臓器の専門”という形態が他の臨床各科や患者さんからも求められていると思われる。
 病理医が一定の専門性を有していることは当然として、ある特定の領域の病理専門医であると認められるためには、他に何が必要であろうか?病理には、臨床の各科のように細分化された専門医制度がない(消化器病専門医、呼吸器病専門医、循環器病専門医など)。ある臓器の専門性に優れた病理診断医に対して○○病理専門医と認定できれば、それに超したことはないが、肝腎の認定制度がない中で、病理診断における特定の臓器の専門性について客観的に認定することはかなり困難である。しかし、病理医が全て精密に診断できないのは事実であるから、病理医の専門性を具体的に考えることは、患者さんサイドにもより精度の高い病理診断医を選別できるメリットになるかも知れない。何よりも、一生懸命勉強した病理医のインセンティブになるものと思われる。あまりその領域の勉強をしていない者と研鑽を積んできた者とを区別することは医療の制度を高める意味でも重要ではなかろうか。では実際に各臓器の専門性を持って診療、研究している病理医をどのように認定するのであろうか?(試験制度がないことを前提に)まずは、  1)その臓器の病理診断件数(何らかの方法により公表していることが望ましい。そうしないと検証できない)、  2)その臓器に関する人体病理の研究業績(研究と診療能力とは関係ないと思われるかもしれないが、そうではないことは本ホームページの患者さんへ欄に書いた)、  3)臨床とのカンファランスの施行、参加、  4)各診断セミナーへの参加、施行(これも公表した方がよいであろう。ホームページやブログなどを利用してはどうか)、  5)対応する臨床科の専門医の取得(消化器病理であれば、消化器病専門医を有していること)、  6)各関連学会の評議員、世話人などの就任状況(学会活動を活発に行っていることの評価になろう)、  などが上げられよう。これらの基準を満足している病理医は間違いなくその領域の良質な病理診断医である。5)、6)は病理の専門性には関係ないという批判もあろうが、病理診断医には臨床に関するかなりの知識が必要である。必須ではないが、これくらいの意気込みがあっても過剰にはならない。専門医とはその領域の高度な専門的知識を有する診療能力を持った医師を言う。ただ単にたくさん病理標本をみている、と言うだけでは不十分なことは当然である。専門医とは、日ごろの努力と実質に支えられたノーベルな地位である。不勉強な者に名乗って欲しくない。我々自身が自らを厳しく律することにより、国民からの真の信頼が得られるものと考えている。病理医も早く自らの専門性を認定する基準を作成して、特定の臓器診断の専門制度を確立することを望んでいる。


病理診断科の現状 (2008年4月)

 今年 4 月 1 日から病理診断科の院外標榜が認可された。病理学会の念願がようやく叶った訳であるが、現場では少なからず混乱があるようである。今回のことは一般会員においては、寝耳に水のような出来事のように感じている者も多いのではないか。我々病理医の自らの力で勝ち取ったというよりは、外部的な要因が大きかったと感じているのは筆者ばかりではないと思われる。そうは言っても、現実に病理診断科の標榜制度は始まった訳であるから、現場を担当している我々もそれに対応することが必要である。本稿では、 4 月 1 日から院外標榜されている岩手医科大学附属病院の病理診断科の現状について簡単に述べる。

 岩手医科大学附属病院では 4 月 1 日より病理診断科を標榜した。院内標榜はもちろん院外標榜も直ぐに書き換えられた。院内標榜には内科や外科などの部長と一緒に病理診断科部長の名前も新たに記載されている。これらをみて患者さんたちがどう思われたのか興味のあるところであるが、未だアンケート調査のようなものはしていない(少なくとも混乱は全くない)。

 実際の実務であるが、未だ従来とは変わったことは何もしていない。しかし、院内では病理外来(説明外来)を担当することが決まっている。 9 月以降に本格的な準備が始まるとものと思われる。先日も院長に必要な機具などの要望があれば、見積もりなどを添付して自分まで上げるように、という御指示をいただいた。他の診療科と異なり、多額の費用が掛かる訳ではないので、机、椅子、診療用パソコン、顕微鏡(ディスカッション付き)、などが最低用意されていれば病理科の開設は可能である(やはり医者だから、診察用ベッドは必要か)。しかし、上記のことより臨床各科、事務サイドとの協議を十分行うことが重要である。そうしないと実際の病理外来は機能しないであろう。

 このような病理外来が病理診断科に必須であるかは、大いに議論のあるところである(病理外来積極論 vs 病理外来消極論)。病理医の本来の業務は、精密な病理診断を臨床側に提供することであることは論を待たない。臨床側の病理診断への要望は年々精密度を増しており、その全てに応えることは生半可なことではない。それに加えて病理外来を行うことは、現場で悪戦苦闘している病理医にとっては更なる負担増になることは間違いない。本来の診断業務の最先端に対応し、なおかつ外来を行うことが現場の病理医に出来ることなのか、病理外来積極派にとってもここは冷静な議論が必要である。

 実際の病理外来の業務の内容はどうなるのであろうか?まだ正式には始めていないので、はっきりしたことは言えないが、我々の場合は自分たちで診断した診断の患者さんへの説明が主たる業務になると考えている。最近、貴重な経験をした。ある患者さんが自分の手術材料の病理診断をした医師に直接説明を受けたい、と本院を受診した(本院のある科に現在も通院している)。標榜をしているので、それをみられたのかは定かではないが、受付のお嬢さん(?)は大慌てである。病理診断の説明を病理医から聞いたい、などと言って病院を受診した患者さんは、本学開学以来初めてである。すったもんだしたあげく、私のところに連絡がきた。何も用意していないので、患者さんの御要望をお聞きして後日指定の日に再受診していただくことにした。その間、担当医とも十分話し合い、事務サイドとも今後の扱いも含めて協議した。医学部長、病院長にも連絡をし、このような患者さんが来院したことを伝えた(ほ〜、ニーズはあるんだね、と驚いた顔をされていた)。この際、問題になったことが 2 つある。 1 つは、料金の問題、 2 つは担当医への不満を訴えてきた場合の対応、である。前者は、本院では前例がなく、事務サイドも正確な対応がすぐにはできないので、今回は担当科の再来扱いとした(これについては緊急の措置なので、今後どのようなシステムで対応するか、協議することにしたが、病理診断科の扱いにしてもらうつもりである)。後者の問題は、担当医師もかなり気にしていたので、病理診断説明時には細心の注意を払いながら説明を行うことにした。実際の受診日には、患者さんはワープロで書かれた 4 つの質問項目を私に示した。これについて回答をして欲しい、ということである。 1 つ 1 つ丁寧に説明を行い納得いただいた。最後に患者さんに、これほど丁寧かつやさしく対応されたことはなかった、と言っていただいた。この言葉は、私に論文を書く以上の満足を与えてくれた。やはり医者は患者さんと接して何ぼの仕事である。今回のことは我々に勇気と自信を与えてくれた。来年は病理外来の経験を積んでいることであろう。不安もあるが、大いに楽しみででもある。少なくとも個人的には、自信を持って病理外来を今後進めていきたいと考えている。

(診断病理 2008; 25: 1-2 に掲載)

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